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昔はめったになかったように聞いているが、温泉場に近年流行するのは心中沙汰である。とりわけて、東京近傍の温泉場は交通便利の関係から、ここに二人の死場所を択ぶのが多くなった。旅館の迷惑はいうに及ばず、警察もその取締りに苦心しているようであるが、容易にそれを予防し得ないらしい。
房一は向ふへ行きかけた。徳次はさつきから云はうとしてまだ云ひ出せずにいることがあつた。それに何と呼びかけていゝかも判らない。房一の姿は段々遠のく。突然、徳次は散々思ひ屈した後に出るあの大胆さで大声に叫んだ。
「いゝ恰好で!」
「まあ、生れ故郷ですから」
「これですか――?」
「おい、やつは所長だぜ。まだ新任で、来たばかりなんだ。――行かう!」
「鮒?――それあ喰べるとも」
喜作の方でも、房一の来るのを認め、
「ドイツの潜航艇が又イギリスの商船をやつつけたさうですね。――なにしろ海の底をもぐつていて、ぽかつと出てくるんだからねえ、やられた方ぢやさぞおつたまげるだらうなあ」
正文はその傍に近づきながら、他の用事で来たついでのやうに云つた。
御大典とそれにつゞく奉祝日は瞬またゝくまに過ぎ去つた。